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政府統計の総合窓口のデータや、OECDやUCIやのデータを使って、Rの練習をしています。ときどき、読書記録も載せています。

東京証券取引所の市場区分再編時の区分選択にガバナンス要因が与える影響

今回の記事は、いつもとは違っています。ある学術誌に投稿したのですが、査読の結果、掲載不可になったものです。掲載不可なので、欠陥や問題点などが多くあるのかと思います。しかし、昨年の3月くらいから、コツコツと書いてきた論文なので、とりあえず、記録ということでこのブログに掲載しておきます。

 

 

 

 

東京証券取引所の市場区分再編時の区分選択にガバナンス要因が与える影響

How corporate governance factors effect choice of listing market section on Tokyo Stock Exchange market reform.

 

Abstract

Tokyo Stock Exchange (TSE) reformed the market segmentation in April 2022. TSE 1st section was reformed to TSE Prime section, TSE 2nd section was reformed to TSE Standard section, TSE Mothers section and JASDAQ market were reformed to TSE Growth section. TSE 1st section listing companies which does not meet TSE Prime criteria have two choices, ‘Go to Standard section’ or ‘Go to Prime section’ with submitting ‘Action plan to meet Prime section criteria’. This research reports characteristic difference between ‘Go to Standard’ companies and ‘Go to Prime’ companies. And it is found that high outside director ratio companies tend to go Prime and subsidiary companies tend to go Standard.

 

キーワード

コーポレート・ガバナンス、社外取締役、外国人投資家、上場子会社、東証市場再編、回帰分析

 

 

1.はじめに

2022年4月、東京証券取引所が以下の3つの市場に再編された。

プライム市場:グローバルな投資家との建設的な対話を中心に添えた企業向けの市場。

スタンダード市場:公開された市場における投資対象として十分な流動性とガバナンス水準を備えた企業向けの市場。

グロース市場:高い成長率を有する企業向けの市場。

このような市場区分再編の背景として、東京証券取引所は2つの課題があるとして以下の2点を挙げている

1:各市場のコンセプトが曖昧で投資家にとっての利便性が低い。

2:上場企業の持続的な企業価値向上の動機付けができていない。

これらを踏まえ、最上位市場としてプライム市場、下位市場としてスタンダード市場、そして成長企業向け市場としてグロース市場の3つの市場に再編された。

プライム市場の上場基準は、以下の3の観点から設定された。

1:流動性基準(株主数、流通株式数、流通株式時価総額、売買代金)。

2:ガバナンス基準(コーポレート・ガバナンス・コード全原則の適用、流通株式比率)。

3:経営成績及び財政状態基準(純利益、売上高、時価総額、純資産)。

しかし、市場再編前の最上位市場である東証一部に上場している企業は、基準を満たしていなくても基準の適合に向けた計画書を取引所に提出すれば、当面の間はプライム市場に上場できる、という緩和措置が施されている。

企業が株式市場に上場して公開企業になるか否か、また、複数ある株式市場の中からどの市場を選択するかは、最上位の経営判断である。

例えば、乾汽船は、『当社は、東京証券取引所より、「新市場区分における上場維持基準への適合状況による一次判定結果」を受領し、新市場区分における「プライム市場」ならびに「スタンダード市場」の上場維持基準に適合していることを確認しました。この結果を踏まえ、当社グループの持続的な成長と中長期的な企業価値向上の観点から、総合的に新市場区分の移行先を検討した結果、本日開催の取締役会において、当社が所属する市場区分として「スタンダード市場」を選択し、東京証券取引所に対して申請を行うことを決議しました』乾汽船(2021)とプライム市場の基準に適合しているにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選択している企業もあれば、力の源ホールディングスのように、『当社が企業価値向上と国内外における事業拡大を通して持続的な成長を推し進めていくためには優秀な人材確保及び信用力の強化が不可欠であると考え、プライム市場を選択し上場維持基準を満たすための各種取組みを行ってまいります。』力の源ホールディングス(2021)と、プライム市場の基準に適合していないが、基準の適合に向けた計画書を提出して、プライム市場を選択する企業もある。

このように、東証一部上場企業は、プライム市場かスタンダード市場を選択しなければならず、その判断は取締役会で決定される。

そして、社外取締役比率や指名等委員会設置、監査役会設置会社などの会社形態などの取締役会の構成や、外国人投資家比率、親会社の有無などの株主構成のようなガバナンス要因が、取締役会での決定に影響を与えることが推察される。

今回の分析では、これらのガバナンス要因がプライム市場の選択、スタンダード市場の選択に影響を与えているかどうかを分析する。

 

2.先行研究

東証の市場区分再編というイベントは今回が初めてであるので、再編時の市場を選択というイベントを分析した先行研究は存在しない。

しかし、澄川・篠原(2021)は、東証の市場区分再編が親子上場の企業にとって何等かの対応を迫るものと考察している。そして、上場子会社が上場を維持するメリットとしては、1:資金調達機会の確保、2:知名度・信用力の確保を通じた取引先との関係強化・拡大、3:人事採用や従業員のモチベーションアップの3点を挙げ、デメリットとしては、1:従来以上に厳しい流通株式時価総額や流通株式のガイドラインを満たす必要、2:高いガバナンス水準の確保、の2点を挙げている。

また、川本(2022)では、子会社の上場維持の経営判断について分析をしており、株価パフォーマンスが良好、外国人持株比率が低い、という要因が子会社の上場維持にプラスの要因になっていると分析している。

その他、企業の株式市場選択、上場・非上場の経営判断についての分析ではないが、ガバナンス要因が企業行動や経営判断、企業価値等に影響を与える研究として、林(2017)では、企業のダイバーシティ対応と外国人持株比率や社外取締役比率の関係を分析し、両方の比率ともダイバーシティ対応と正の相関を持つことを実証している。

一方では、林(2019)は、SDGsに初期段階から取り組む企業とそうでない企業について分析し、SDGsへの対応に関しては、社外取締役比率や外国人持株比率は統計的に有意な影響を与えていないと報告している。

下田(2022)では、企業価値(トービンのQ)を社会貢献活動に関する変数、財務に関する変数と社外取締役比率、外国人持株比率で回帰分析し、社外取締役比率が企業価値にプラスの影響を与えていることを報告している。

 

3.分析

3.1使用データの説明

3.1.1分析企業のユニバースについて

分析に使用した企業ユニバースについて説明をする。

2021年2月14日に東証のウェブサイト(注1)にアクセスして、市場区分の選択結果の一覧のExcelファイルを取得した。そのファイルには2181社の東証一部上場企業の市場選択結果が記載されている。

その内訳は、以下の5つに分類できる。

分類1:プライム市場の基準を満たし、プライム市場を選択した1545社

分類2:プライム市場の基準を満たしたが、スタンダード市場を選択した11社

分類3:プライム市場の基準を満たしていないが、適合計画書を提出し、プライム市場を選択した295社

分類4:プライム市場の基準を満たしておらず、スタンダード市場を選択した318社

分類5:スタンダード市場の基準すら満たさず、スタンダード市場への適合計画書を提出し、スタンダード市場を選択した12社

である

ここからさらに金融業種の企業を除くと、分類1は、1436社、分類2は、11社、分類3は、285社、分類4は、298社、分類5は、12社になる。

さらに、以降のセクション説明するデータが無い企業を除外して、最終的に分析に使用した企業ユニバースは、

分類1:1424社

分類2:11社

分類3:295社

分類4:318社

分類5:12社

となった。

3.1.2ガバナンス要因のデータについて

2022年2月17日に東証のウェブサイト「コーポレート・ガバナンス情報サービス」(注2)にアクセスして、会社形態、取締役数、社外取締役数、社外取締役比率、親会社の有無、外国人持株比率などのデータを取得した。

3.1.3財務データ、株価評価データについて

JPXデータクラウド提供の「PER、PBR情報」(注3)から2021年12月末の株式時価総額、PER、PBR、純資産、純利益のデータを取得した。

3.1.4変数名の定義について

上記のデータを取得したのち、便宜上、以下のように変数名を定義した。

分析目的データ

go_prime:プライム市場を選択したら1のダミー変数

ガバナンス要因データ

topholder:筆頭株主比率(%)

director:取締役数(人)

parent:親会社を持つ企業なら1のダミー変数

outdirector:社外取締役数(人)

outr:社外取締役比率(%)

shimei:指名等委員会設置なら1のダミー変数

kansai:監査等委員会設置会社なら1のダミー変数

kanya:監査役会設置会社なら1のダミー変数

f10:外国人持株比率が10%未満なら1のダミー変数

f10_20:外国人持株比率が10%以上20%未満なら1のダミー変数

f20_30:外国人持株比率が20%以上30%未満なら1のダミー変数

f30:外国人持株比率が30%以上なら1のダミー変数

株式市場での評価に関するデータ

mktcap:時価総額(1億円単位)

mktcap_adj:mktcapの自然対数変換値

per:株価収益率(PER)

per_adj:perの欠損値を0に置換した変数

per_na:perが欠損していたら1のダミー変数

pbr:株価純資産倍率(PBR)

pbr_adj:pbrの欠損値を0に置換した変数

pbr_na:pbrが欠損していたら1のダミー変数

欠損値の処理方法は、Wooldridge(2019, p314)に従った。

企業の財務に関するデータ

neta:純資産(1億円単位)

neta_adj:netaが0以下ならば0に置換、正の値ならば自然対数に変換した変数

neta_neg:netaが0以下ならば1のダミー変数

neti:純利益(1億円単位)

neti_adj:netiが0以下ならば0に置換、正の値ならば自然対数に変換した変数

neti_neg:netiが0以下ならば1のダミー変数

3.2市場選択の理由

企業がプライム市場、スタンダード市場のどちらを選択したか決定すると、東証の適時開示情報システムで投資家に開示する。その際に、選択した結果だけでなく、その理由も開示していることが多い。図表1は、分類4の企業のスタンダード市場を選択した理由、図表2は分類3の企業のプライム市場を選択した理由である。

 

図表1:スタンダード市場を選択した理由

出所:各社の適時開示情報より筆者作成

 

図表2:プライム市場を選択した理由

出所:各社の適時開示情報より筆者作成

 

3.3属性比較

図表3に、セクション3.1.1にて定義した5つの企業分類別の各変数の基本統計量と属性比較結果を提示した。

属性比較では、分類1の企業と分類2の企業、分類3の企業と分類4の企業を比較する。

しかし、分類2の企業数は、11社と少ないため統計的検定は行わず、大小関係を確認するだけに留めた。

分類3の企業と分類4の企業の比較では、平均値の差の検定、または比率の差の検定を行った。

分類5の企業は、比較するグループが無いので基本統計量のみ掲示した。

 

図表3:企業分類別の基本統計量と属性比較

3.4回帰分析

3.4.1仮説の設定

セクション3.3の属性比較の結果から、分類3の企業と分類4の企業では、様々な変数について統計的に有意な差があることが確認できた。そこで、これらの変数、特にガバナンス関連の変数が、企業の株式市場の評価に関する変数、財務に関連する変数をコントロールした後でも有意な影響を与えるか否かを多重回帰分析の手法で分析をする。

そこで、以下の仮説を設定する。

「仮説:プライム市場の上場基準を満たしていない企業がプライム市場か、スタンダード市場かを選択する際には、ガバナンス要因が影響を与える。」

3.4.2モデルの説明

モデル式を以下のように設定した。

go_prime = β0 + β1topholder + β2director + β3parent + β4outr +
β5kanya + β6f10 + β7mktcap_adj + β8pbr_adj + β9per_adj + β10neta_adj + β11neti_adj + β12neta_neg + β13neti_neg + u

go_prime:プライム市場を選択したら1のダミー変数が被説明変数である。

β0は切片項で、uは誤差項である。

β1からβ6の係数にかかる変数がガバナンス関連の変数で、これらが説明変数になる。

β7からβ13の係数にかかる変数が株式市場からの評価に関する変数と企業の財務に関連する変数で、これらがコントロール変数になる。

セクション3.3ではoutdirector:社外取締役数と社外取締役比率:outrという社外取締役に関する2つの変数を比較したが、多重共線性を回避するため、モデル式にはoutrだけを採用した。

会社形態に関する変数は、shimei:指名等委員会設置なら1のダミー変数、kansai:監査等委員会設置会社なら1のダミー変数、kanya:監査役会設置会社なら1のダミー変数、という3つ変数がある。しかし、shimeiが1の企業は、分類3の企業で1社、分類4の企業で2社と希少である。従って、分類3と分類4の企業はkanyaとkansaiの2つの形態とみなせるので、kanyaだけを採用した。

外国人持株比率に関する変数は、f10:10未満なら1、f10_20:10%以上20%未満なら1、f20_f30:20%以上30%未満なら1、f30:30%以上なら1という4つのダミー変数がある。しかし、f20_30またはf30が1の企業は、分類3と分類4の企業あわせて23社と回帰分析対象企業数582社の4%ほどしかない。従って、分類3と分類4の企業の外国人持株比率は、f10か否かとみなしても問題は無いので、f10だけを採用した。

株式市場からの評価に関する変数で、pbr_na:pbrが欠損なら1のダミー変数とper_na:perが欠損なら1のダミー変数を採用しなかった理由は、pbr_naはneta_neg:純資産が0以下なら1のダミー変数と同一、per_naはneti_neg:純利益が0以下なら1のダミー変数と同一だからである。

変数間の相関係数を確認したところ、最も相関係数の絶対値が大きい組み合わせでも0.7よりも小さかったので多重共線性の問題は無いと判断した。

3.4.3モデルの推計結果

設定したモデルの係数をを、OLS、Logit、Probitの3種類の推計方法で推定した。結果を図表4に表示する。

図表4:回帰分析の結果

4.分析結果の考察

4.1市場選択の理由について

分類3の企業、すなわちプライム市場の基準を満たしていないが、計画書を提出してプライム市場を選択した企業の理由は、優秀な人材確保、信用力の強化、従業員のモチベーション、コーポレート・ガバナンスの充実などを挙げる企業が多い。これは、澄川・篠原(2021)で考察されている、企業が上場を維持するメリットと合致する。

分類4の企業、すなわちプライム市場の基準を満たしておらず、スタンダード市場を選択した企業の理由は、プライム上場のためのコスト、経営資源を業務に集中することを挙げる企業が多い。

プライム市場への上場は、コーポレート・ガバナンス・コード全原則の適用や、流通株式比率、流通株式時価総額の拡大などの理由により、スタンダード市場上場よりも労力を必要とする。

企業は、プライム市場上場のメリットと上場基準を満たすために必要なコストを勘案して市場を選択したことが伺える。

4.2属性比較について

ここでは、分類3の企業、と分類4の企業の比較について考察する。

4.2.1ガバナンス関連のデータ

統計的に有意な差があった変数は、outdirector:社外取締役数(人)、outr:社外取締役比率(%)、f10:外国人持株比率が10%未満なら1のダミー変数、f10_20:外国人持株比率が10%以上20%未満なら1のダミー変数の4つだった。

有意な差が認められない、または検定不能な変数は、topholder:筆頭株主比率(%)、director:取締役数(人)、parent:親会社があれば1のダミー変数、shimei:指名等委員会設置なら1のダミー変数、kansai:監査等委員会設置会社なら1のダミー変数、kanya:監査役会設置会社なら1のダミー変数、f20_30:外国人持株比率が20%以上30%未満なら1のダミー変数、f30:外国人持株比率が30%以上なら1のダミー変数だった。

まとめると、分類3のプライム市場を選択した企業のほうが、社外取締役は人数、比率ともに大きく、外国人持株比率も分類3の企業のほうが、大きいということになる。これは、プライム市場の「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に添えた企業向けの市場」というコンセプトと整合的な結果である。

4.2.3株式市場からの評価に関するデータ

統計的に有意な差があった変数は、mktcap_adj:mktcapの自然対数変換値、per_na:perが欠損なら1のダミー変数、pbr:株価純資産倍率(PBR)、pbr_adj:pbrが欠損のものは0に置換した変数の4つだった。

有意な差が認められない、または検定不能な変数は、mktcap:時価総額(1億円単位)、per:株価収益率(PER)、per_adj:perが欠損のものは0に置換した変数、pbr_na:pbrが欠損なら1のダミー変数だった。

まとめると、分類3のプライム市場を選択した企業のほうが、時価総額(の自然対数値)が大きく、株価純資産倍率が大きく、株価収益率が算出可能な企業が多いことになる。

4.2.3企業の財務に関連するデータ

統計的に有意な差があった変数は、neti_adj:netiが0以下なら0に、正の値ならば自然対数に変換した変数とneti_neg:netiが0以下なら1のダミー変数の2つだった。

有意な差が認められない、または検定不能な変数は、neta:純資産(1億円単位)、neta_adj:netaが0以下なら0に、正の値ならば自然対数に変換した変数、neta_neg:netaが0以下なら1のダミー変数、neti:純利益(1億円単位)だった。

まとめると、分類3のプライム市場を選択した企業のほうが、純利益(の自然対数値)が大きいといえる。

4.3回帰分析について

分類3のプライム市場の基準を満たしていないが、プライム市場を選択した企業と分類4のプライム市場の基準を満たしておらず、スタンダード市場を選択した企業をユニバースとして、プライム市場を選択したかどうかを被説明変数、ガバナンス要因の変数を説明変数、株式市場からの評価に関する変数と企業の財務に関する変数をコントロール変数にして回帰分析をした。

その結果、OLS、Logit、Probitの3種類の推定方法すべてにおいて、parent:親会社をもつ企業なら1のダミー変数、outr:社外取締役比率(%)、f10:外国人持株比率が10%未満なら1のダミー変数の3つが有意な変数となった。

よって、「仮説: プライム市場の上場基準を満たしていない企業がプライム市場か、スタンダード市場かを選択する際には、ガバナンス要因が影響を与える。」は指示された。

parentの係数は負の符号になった。これは、親会社を持つ企業はプライム市場を選択しない傾向がある(スタンダード市場を選択する傾向がある)、という意味になる。OLSで推定した係数の値は、確率として解釈できるので、親会社を持つ企業は、プライム市場を選択する確率が38.8%低い、と解釈できる。

outrの係数は正の符号になった。これは、社外取締役比率が大きい企業ほどプライム市場を選択する傾向がある、という意味になる。

f10の係数は負の符号となった。これは外国人持株比率が10%未満の企業はプライム市場を選択しない傾向がある(スタンダード市場を選択する傾向がある)、という意味になる。OLSで推定した係数は、-0.097なので、外国人持株比率が10%未満の企業は、プライム市場を選択する確率が9.7%低い、と解釈できる。

株式市場からの評価に関する変数と企業の財務に関する変数のコントロール変数の中で、3種類の推定方法全てで有意な変数は、mkcap_adj:mktcapの自然対数値値とneta_adj:netaが0以下なら0、正の値ならば自然対数に変換した変数の2つだった。neti_neg:netiが0以下なら1のダミー変数は、OLSとProbitの2つの推定方法で有意な変数だった。

mktcap_adjの係数の符号は正になった。これは、時価総額(の自然対数変換値)が大きい企業ほど、プライム市場を選択する傾向がある、ということになる。

net_adjの係数の符号は負になった。これは、純資産(の対数変換値)が小さい企業ほど、プライム市場を選択する傾向がある、ということになる。

neti_negの係数の符号は負になった。これは、純利益がマイナス、赤字の企業はプライム市場を選択しない傾向がある(スタンダード市場を選択する傾向がある)ということになる。

 

5.おわりに

今回の報告では、東京証券取引所の市場再編時の市場区分の選択とガバナンス要因の関係性について分析をした。分析の結果、プライム市場の基準を満たしていない企業群では、時価総額、株価純資産倍率、株価収益率という株式市場からの評価や、純資産と純利益という企業の財務に関するデータをコントロールした状態でもガバナンス要因が、市場選択に影響を与えていることが確認された。

また、企業が親会社を持つかどうか、言い換えると、上場子会社であるか否かは、社外取締役比率や外国人持株比率などの他のガバナンス要因をコントロールしたあとでも、影響があることが確認された。これは、日本の株式市場の特徴の一つである多数の上場子会社を巡る議論(例えば、東京証券取引所(2020))に、ある程度の貢献があると思われる。

今回の報告の課題は多くある。まず、報告者の力量不足のため先行研究の整理が十分でない。市場再編は特殊事例であるが、企業が上場するか否か、上場した企業が非公開化するか否か、ジャスダック、東証マザーズどちらに上場するか、などの上場(非上場)における経営判断の意思決定についての先行研究を整理する必要がある。

次に、今回の分析では、プライム市場の基準を満たしていない、という事実だけに着目したが、基準を満たさない理由は複数考えられる。例えば、流通株式比率が基準に満たない、流通株式時価総額が基準に満たない、売買代金が基準に満たない、などである。これらの基準に満たない理由の違いが、区分選択の判断に影響すると思われる。

その他、企業の適時開示情報によって、おおまかな区分選択の理由は知ることはできたが、さらに詳しい理由を調べるには、経営陣へのインタビュー調査、アンケート調査などの質的な調査が必要となる。

また、回帰分析のモデルで採用した独立変数の選択にも課題がある。今回は、東証のコーポレート・ガバナンス情報サービス、JPXデータクラウドのPER, PBR情報で取得できた変数を単純に使用したが、市場選択の意思決定のフレームワークに沿った形で独立変数を取捨選択することが求められる。

以上から、今回の報告は、今後の研究の第一歩となるファクト・ファインディングとしての位置付けになる。

今後は、これらの課題に対処して研究を進めていきたい。

 

注1

新市場区分の選択結果一覧

https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/market-segments/index.html

 

注2

コーポレート・ガバナンス情報サービス

https://www.jpx.co.jp/listing/cg-search/index.html

 

注3

JPXデータクラウド「PER, PBR情報」

http://db-ec.jpx.co.jp/category/C029/

 

参考文献

Wooldridge(2019),“INTRODUCTORY ECONOMETORICS A Modern Approach 7e”pp.344 Cengage

 

川本真哉(2022)「上場子会社の実証分析 ―上場子会社の上場維持の動機―」証券アナリストジャーナル(Vol.60, No.6, Jun.2022)

 

下田卓治(2022)「社会活動が企業価値に与える影響の研究」インベスター・リレーションズ15巻1号

 

林順一(2017)「ダイバーシティの対応に積極的な日本企業の属性分析 ―どのような属性の企業が外国人活用、女性登用、LGBT対応及び障害者雇用に積極的に取り組んでいるか―」日本経営倫理学会誌 第24号(

 

林順一(2019)「SDGs に初期の段階から取り組む日本 企業の属性分析」日本経営倫理学会誌 第 26 号

 

乾汽船(2021)「新市場区分における「スタンダード 市場」選択申請に関するお知らせ」

 

力の源ホールディングス(2021)「プライム市場選択 申請書及び計画書提出のお知らせ」

 

WEB資料

澄川徹・篠原曉(2021)「Close-up 3:東証市場改革を契機としたコーポレート・アクション」2021-08-20

https://home.kpmg/jp/ja/home/insights/2021/08/tosho-reform.html (2023年1月7日アクセス)

 

東京証券取引所 上場部(2020)「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会 第1回資」2020年1月7日

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/study-group/nlsgeu000004acah-att/nlsgeu000004hg91.pdf (2023年1月7日アクセス)